「――これ以上のショーなんて、あると思うかい?」
 俺はその男に銃を向けた。相手は既にすくみ上がって、壁と床にに身体を預けている。
「たった一人の為にとんでもない量の金を使い、言いようの無い緊張感と安堵を与える――。実にすばらしいショーだ」
 わなわなと震える手で、男が何かを訴えようとする。金で懐柔しようとでも言うのだろうか。
「さて、これはたった一人のアンタの為のショーなんだ。最期に言いたいことが有るなら言ってくれ。祈りでも呪いでも、いい」
「・・・・・・!、このっ」
「この?」
「この・・・・・・悪魔め!!」
 その最期の言葉に合わせ、引き金をひく。ぱしゅっ、とサイレンサー特有の風切り音と共に、男の眉間の、まあるい穴からとくとくと血が流れた。
「悪魔か。このショーの締めくくりでいつも言われる言葉だ。だが、この姿にそれは似合わないだろう?」
 そう言って、俺は自分の服――黒ずくめに銀の十字架、つまり神父姿だ――を抓んでみせた。
 この階段の奏でる、コンコンいう足音は、踏み入れてはならないドアを叩く様だと、このビルに帰ってくるといつも思う。
 ――外見はどこにでもあるようなのに、その中身はまるで異世界に通じてるかのような錯覚を与えるのだ。
 仕事を終えた俺が部屋のある階に辿りつくと、ドアの前でしゃがみこむ姿を見つけた。
 そこは紛れも無い、俺の部屋だった。
「神父さま」
 俺の姿を見つけると、立ち上がってそう呟いて立ち上がった。ボロボロになったジーンズのジャケットと、淡い色のロングスカート。頬はこけて、身体もやつれていたが、歳はまだ17・8にもなっていない様に見えた。
「俺は神父じゃない。これは仕事着だ」
 そう、神父姿という奴はローブさえ纏わなければ意外に勝手がいいのだ。それに怪しまれる事も滅多にない
「この辺りってのは危険な所だ。子供は日の出てる間に帰りな」
 そう跳ね除けるように言い放って、ドアのカギを開けて滑り込むように部屋に入る。だが、閉めようとしたドアに細い指先が絡み付いた。
「――あなたに殺して欲しい人がいるの」
「俺はショーマンだ。掃除は掃除屋に頼んでくれ」
「お願い!」
 少女はまっすぐ俺の目を見た。まるで睨み付けるような強い眼差しだった。
「俺のことを知ってるのなら報酬のことも、わかってるんだな?」
「ええ」
「・・・・・・わかった。話だけは聞いてやる。返事はその後でいいな?」
 少女はこっくりと、だが後戻りできない後悔の念に囚われながらも頷いた。
 部屋に入ると、手に持っていたバッグ――仕事の後だから当然その道具一式が入っている――を部屋の隅に転がす。
 俺が座るように促すと、彼女は後ろを通り過ぎて椅子に腰掛けた。ずっと、暗い表情は崩れない――俺の依頼人で明るい奴、というのは返って不気味でもあるのだが。
「――ちょうど一週間前、姉が死んだの」
 暫く沈黙が続き、痺れを切らしたのか彼女が話し始めた。
「友達がパーティをやるからって。それで出かけていったわ。でもすぐ帰るから安心して待っててって。でも夜遅くに電話があったの。今から帰るって。でも、それが最期だった」
 ぎゅ、とスカートの生地が握り締められた。
「でもその電話の後3週間も帰って来なかった!やっと姉を見つけたのはアパートの裏路地にあるゴミ置き場だったわ!何も言わない、冷たい身体になって・・・・・・!」
 くっ、と呻くと、彼女は何かに耐えるように涙を一筋だけ流した。
「今でもまだ瞼に焼き付いて離れないの。あの姉の死に顔が。あの、薬で何にも考えられなくなって、ただ愉悦に悦んで笑ってるあの姉さんの顔が・・・・・・!!」
 ついに耐え切れなくなったのか、両手で顔を覆って泣き始めた。
「だから、君はその姉さんの敵を取って欲しいと?俺に」
「犯人は分かってる。窓の外で見てたから。あいつは警官だったわ。それも制服の。顔はわからなかったけど家の周りで夜中うろついてるのは、あいつ一人だけだから間違いないはずよ」
「わかった」
「引き受けて、くれるの?」
 彼女は期待と、そして絶望に満ちた声でたずね返した。
「いいや。すぐに帰るといい。君自身が姉と同じ目に会うかもしれないからな」
「そんな!」
「それに、俺の報酬は知ってるはずだ。依頼者自身の命。それ以外は受け取らないと」
 また、長い静寂が部屋を支配する。何も言わない俺と、何も話せなくなった少女がその静けさの一部になって収まっていた。
「・・・・・・ねぇ」
 呟いて、ゆっくりと涙の枯れた瞳を、俺に向けた。
「お客にお茶も出さないのね」
「・・・失礼」
 そう言うと、俺はキッチンに向かい、水を沸かそうとコンロに手を伸ばした。
 かちり。
「何の真似だ?」
「脅迫よ。当然でしょ」
 そして、彼女は銃の撃鉄を起した。形だけでも、扱い方はわかっているらしい。ちゃんとセーフティロックも外れている。
 俺はコンロに手を伸ばしたまま固まっていた。
「そんな事しても、俺は引き受けない」
 再度突っぱねた。
「どうせ捨てるつもりだった命だもの。怖くなんて・・・、ないわ」
「俺は仕事に無駄弾を使わない主義なんでね。悪いがそいつに弾は込められていない」
「嘘。ちゃんと入ってるのを見たもの」
 彼女の手は震えていた。だが、銃口を俺の胸元からは離さない。
 俺は動かないで、という彼女の言葉を無視して歩み寄る。彼女のを掴むと、彼女の手越しに俺の胸に向けた銃の引き金を引いた。
 ばん!
 狭い部屋いっぱいに銃声が響く。少女は先ほどまでの勢いを失って、へなへなと座りこんだ。
 俺は銃を掴んだまま、崩れ落ちた彼女を見下している。
「念には念を、ってな。ただの牽制用の空砲さ。・・・次は本物だけどな」
 言って、彼女に向ける。もちろん、いつものショーと同じ、眉間を狙う。
「・・・・・・あ・・・ああっ・・・」
 震える涙声で、少女は恐怖の言葉をやっと紡いだ。身体もかたかたと震えている。その姿を見て、俺はため息を吐いた。
「・・・・・・俺の負けだ。依頼は受けてやる」
「・・・・・・」
「だが、報酬は変わらん。いいな?」
 今度こそ――今度は絶望だけを込めた表情で――頷いた。

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