「――これ以上のショーなんて、あると思うかい?」
 彼はその男に銃を向けた。相手は既にすくみ上がって、壁と床にに身体を預けている。
「たった一人の為にとんでもない量の金を使い、言いようの無い緊張感と安堵を与える――。実にすばらしいショーだ」
 わなわなと震える手で、男が何かを訴えようとする。金で懐柔しようとでも言うのだろうか。
「さて、これはたった一人のアンタの為のショーなんだ。最期に言いたいことが有るなら言ってくれ。祈りでも呪いでも、いい――」
   
 彼にとって、人を殺すことはこれ以上ないエンターティンメントであり、彼なりのショーでもあった。そしてそのショーは、2つの死が必ず付きまとう。――つまり、殺される方と、殺しを依頼する方、である。
「人を殺して欲しいの」
 少女は重たい口調でそう彼女に告げた。
 ――もし『運命』という物があるのなら、その結末が望んだ物だろうとなかろうと、それ以外に終わることは許されないのだろうか?
    

「精が出ますね」
 ある晴れた昼下がり。スラムと表通りのちょうど中間にある、特に特徴のないマンション街。その一つに入ろうとしていた神父に、彼は声をかけた。
「いいえ。神の元へ行けない御霊に道を授けるのは私の務めですから。人へ正義を与えるあなた達――警察官がそうであるように、ね」
 神父はにっこりと声をかけてきた男に返した。
「最近じゃこの辺も治安が悪い。神父さまも殺されん様に気をつけた方がいい」
「ええ。・・・・・・貴方もね」
 神父姿の男はそう言って聖書の中から銃を取り出して警官に突き付けた。
「・・・アンタ。神父じゃないな?何者だ?」
 警官はそれでも冷静だった。まっすぐ暗い闇色の”目”を見つめている。
「くっ!ふふふふ」
 唐突に彼は笑い始めた。銃を真上に向けてトリガーを引くと、その銃口から色とりどりの国旗が飛び出した。
「冗談ですよ、冗談。貴方こそ――殺されない様に祈りますよ」
 持っていた銃を投げ捨てると、そう言い残してマンションへと入っていった。
 ――ある晴れた昼下がりの、とあるマンション街での一幕。残されたのは、一人の警官と、一枚の紙切れだけだった。
 ただ一言、『愚かなる者どもに真なる罰を』と書かれた紙切れが。
    
 その日から2週間が過ぎた頃、警官の男は青白く痩せてしまっていた。元々勇敢な男ではあったが、その目には憎悪と恐怖が入り交じっていた。
 誰一人としてその現場を見ていなかったとはいえ、あれが実弾ならば彼はあの昼下がりに死んでいたはずだった。
 殺されるべくして、殺されなかった――完全な彼の敗北だった。それは彼のプライドを引き裂き、引き裂かれたことへの憎しみが満ちていった。
 それとは別に、「護衛」が付けられなかったことも、彼のイライラを募らせる素となった。1月ほど前に一人の少女を「連行」し、つるんでいたマフィアの一部の連中に「売った」のだが、その見返りは一握りの粉に変わっただけだったのだ。しかもその少女は、あろうことか自分の管轄に捨てられていたのだった。
「くそっ!」
 口汚ない怒りを、人の良さそうな仮面の下の獣の顔で吐き捨てた。幸いにして、辺りには誰もいない。思えば、本当に人気のない所なのだ。この一帯は。
 町の中心からはあまりに離れ過ぎているし、かといってスラムほど暗い喧燥に満ちている訳でもない。喩えるなら、お湯と水の間の、そのどちらとも付かないような、そんな空間なのだ。
 閑静と呼ぶにしても、あまりに静かすぎる。そう、人の気配さえも。
(気配さえも・・・?!)
 それに気付いた次の瞬間、警官は前に向かって転がった。たーん、という、間延びした銃声とともに先ほどまで頭のあった辺りのコンクリート壁が爆ぜる。
 受け身を取っておきあがると同時に銃を抜く。
「Let's Show Down!!!」
 声と銃声が同時に響き渡った。
 警官は更に転がるように飛び交う銃声を避けつつ、路地へと逃げ込む。
「人を殺すのに必要な価値ってのは、やっぱり人の命だと――そう思わないか?」
「?!」
 殺意は、突然すぐ後ろに現れた。
「貴様・・・どんなトリックを使った?」
「なに、チャイナ産の爆竹はいい音がするんでね」
「そうやって後ろを取って死神気取りか?」
「別に。さて尋ねるが、――これ以上のショーなんて、あると思うかい?たった一人の為にとんでもない量の金を使い、言いようの無い緊張感と安堵を与える――。実にすばらしいショーだ。」
「ああ、全くだ」
 瞬間、男に笑みが浮かんだように見えたのは果たして錯覚ではなかった。
 どん、という野太い破裂音。千切れて宙を舞い、べしゃりと地べたに落ちる右腕。そして――。
「・・・なっ?!」
 至近距離で散弾を吐き出した銃口は、トンファ――警棒代わりに配備されているのだが――の先にあった。その銃の主たる警官は引きつったような笑みのまま、近づいてくる。
 べりっ!
 神父服を引き裂くと、下からは形の良い胸と、丸みの有る肢体が露になった。
「へへっ、男にしちゃあ華奢過ぎると思ってたが・・・女だったたぁな。俺に恥かかせてくれたんだ、あの女みたいにヤク中にして売っ払ってやろうか?」
「・・・だっ・・・」
「『だ』?」
「黙れ・・・っ。ゲス野郎がっ!!」
 左手の袖下に隠したデリンジャーが火を噴き、警官の股間を焼き飛ばした。
「ぎゃうっ!」
 うずくまって転げまわる男の頭に彼女はポイントした。
「・・・最期に言いたい・・・ことが有るなら言え!祈りでも呪いでも・・・いい・・・」
「・・・俺の・・・俺の・・・」
「?」
「俺の勝ちだな、え?殺しが出来ねぇ死神さんよ?」
「うるせぇ!!!!」
 彼女の怒りに反して、銃声は静かだった。
    
 いつもどうりの、魔界のドアを叩くような靴音が、彼女を苛立たせる。それでも彼女は部屋を目指した。
 仕事はもう、一つだけ。そう、依頼者の眉間を打ち抜けば、それで全てが終わる。弾代と生活費を差し引いても、今までの蓄えなら、この仕事を捨てたとしても、生きていけるだろう。そんなばかげたことを重いながら、部屋へと歩いて行く。
 ――右腕が痛む。無いはずの指先が冷たいような、妙な気分にさえ陥ってしまう事さえあった。
 ゆっくりと、扉へと近づく。同時に扉もまた、ゆっくり開き始めた。
 一歩ずつ、近づく。少しずつ、開いて行く。
 扉の隙間に、彼女は一つの黒い眼を見つけた。――真っ黒な、闇色の眼。それが銃口だと気付くのに、暫く時間がかかってしまった。
 開ききったドアから、銃を構えた少女が現れる。左手で右肩を掴み、真っ直ぐ伸ばした右腕を左肘に載せて、彼女にポイントしていた。
 ――ばん、という音と一緒に、何か重い物が倒れる音が廊下に響いた。
FIN...