第3話 「Dear My Regret」
1
失った時間は戻らない。それは当然の事だ。自分でもそれは知っている。
例え「時間」という物がなくても、太陽が沈み、再び昇ってきた時にはもう手遅れなのを考えれば、誰もが納得するのだろう。
――だが。
(なぜなんだろう?)
何故自分たちが滅ぼされねばならないのか?
なぜ・・・・・・?
目の前には、鼻を突く、つんとした刺激臭を放ちながら燃えている、姉がいた。まるで煉獄の業火に焼かれる亡霊の様に。
流れるような赤い髪は黒い消し炭の様にぼろぼろと崩れ、あの軟らかな肌もカラカラに乾き剥がれていく。美しい――少なくとも彼はそう思っていた――彼女の顔も、骸骨が見え隠れし、醜くただれていた。
「・・・・・・姉さん・・・・・・?」
それは、彼女がまだ生きていると信じたい気持ちから出た言葉なのか。だが、彼女はむき出しになった眼球を彼の方に向け、少し手を挙げた所で、ぐしゃり、という音を立てて崩れた。
「う・・・・・・うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
焼けこげた自分の右腕を天に突きつけて、彼は獣とも何とも付かない叫びで、吠えた。
――話は、少しの間さかのぼる。
その大国が栄えたのは、巨万の富でも無く、強力な軍備でもなかった。強いて言うのならば、そう『力』。彼等には能力があった。
『錬金術』
錬"金"術とは便宜的な言い回しなのかもしれない。
実際には黄金ではなく、全く別な金属を彼等は造り出していた。『オリファルコン』と呼ばれる、高硬度の金属を。
そのオリファルコンと対を成す、柔軟性に優れた文字どうり柔らかい石――『パラケルスス』――もまた、彼等だけが作り得た鉱物である。。
そんな彼等、錬金術師たちは、自らを「ユミル」と称した。
だが、たとえ、どれ程の力を持っていようと、結局は人間である事に違いはない。故に、生活用式など
には、当時の他の人間たちと違いはなかった。
そして、その平穏な世界は200年と続かなかった。
「姉さん!」
「何してるの?!アルティア、早く中へ!」
「でも、姉さんは?!」
「あたしは大丈夫だから!早く!!」
――――――まったく、キリがない・・・・・・。
彼女は、胸中で毒づいた。"それ"を何体なぎ払っても、後からぞろぞろと現れる。
全身を白で統一した重装甲。手には、太く長い円筒を抱えている。その横に付けられたグリップのボタンを押すたびに円筒から吐き出される炎によって、ユミル達は灰に変わっていった。
彼女に気付いた一体がすかさず円筒の先を向ける。
ばっ、と横に飛んで避ける。が、その瞬間。
「――――――!!!!」
彼は、声にならない叫びと共に、飛び出していた。とっさに飛び出していたつもりだったが、それでも手後れだった。
ごぉう!!!
背後から襲ってきた炎に、彼女と、彼の伸ばした右手が焼き払われた。
――そう、彼の目の前で―――
2
どれだけ力を持っても、どれだけ憎んでも、その喪失感だけは振り払えずにいた。まるで自分が地獄の中にでもいるような錯覚さえ憶える。
(――あれからどれだけの時間が過ぎたのだろう)
ぐらぐらとふら付く意識の中で、そんな事を考える。
("ゼウスの尖兵")
姉を殺したのが、そう呼ばれている事を、数年前に知った。
(ゼウス)
ユミルを滅ぼした、張本人。もはや、大陸は彼等の手の内にある。
しかし、何故自分が未だに生きているのかを、彼自身はまだ知らない。
「ゼウス・・・・・・」
――怒りという感情の結末として生み出された結晶は、一握りのパラケルススと一抱えもあるオリファルコン。その代償として失った物は、焼けこげた右腕と彼自身の人間としての心と誇り。
そして、新たなる神々の待つ世界にその名が現れるのは、それから数年の時が流れる事になる。