第2話 「TRUE NAVIGATION」

   

       

 『時間』という概念でさえ、この窮屈さから逃れることは出来ない。時間という概念そのものがない

世界では、もとよりそれを望むことが、そもそもの間違いである。

戦いによる栄光と、それを守るための争い。そして、その代償として得た物は、何のことはない、ただ

単調な繰り返しだけが残された。

「――聞いておるのかね、クロノス君」

 老人特有のしゃがれた声が議場に響き渡る。その窮屈さの現況の一つでもある老人の声は、彼を止め

ど無い無駄な思考から呼び戻した。名指しで呼ばれた彼は、無言のまま立ち上がる。

「・・・申し訳ありませんでした、ソル議長殿」

 そう言って軽く頭を下げるとまた席に着く。十三人いる「議員」がただ黙々と議会を進められて――

いや、続けられていた。時間が進むでもなく、かと言って止まっている訳でもなく。ただ単に流れの無

い瞬間が繰り返し並べられて、続いていくだけの世界。

 時間はただ、その場に淀みとなって溜り、それを基礎理念とした物理、科学、生物学でさえ、その意味

を失い、そのどれにも当てはまらない自由と言う不自由さを持った世界が構築された。その不自由さと、

不安定さを補うための、「議会」であり、そのための「議員」たちなのだ。

「君が何故そこでその名を持っているのか、私には分かりかねるね」

「は。すみませんでした」

 口先だけでも謝っているが、胸中では侮蔑の言葉を同時に吐いていた。

(このオイボレが。テメェを跡形なく消すぐらい俺にだって出来るんだ!)

  

 三姉妹の女神を模した時計――形骸化しているとはいえ、精神的疲労はいかな手段を以ってしても捨て

る事は出来なかったらしく、結局、時間と言う指標に身を委ねているのだ――の針が10時丁度を刻む。

(彼女達は、自分が何を告げているのか、理解しているのだろうか?)

 クロノスはそんなことを、誰もいなくなった議場でぼんやりと考えていた。

 そんな彼の思考を読み取っているのか、定かではないが、次女の女神が掲げる10進数の時計は黙々と時

を刻み続けていた。

     

       

「クロノス!」

 長い『議場』からの廊下で、彼は唐突に後ろから呼び止められた。

 目も眩むような光と、巨大な円柱の作り出す影が、彼等のいる廊下を等分している。

「ユピタリュスか。何か用か?」

「お前ねぇ、人に用事押し付けといて『何か用か』はないだろ、普通」

 あぁ、そう言えばそんな事もあったか、とクロノスは思い、と手を打った。

「それで、場所は分かったのか?」

「西の『遺跡』周辺で見掛けたそんなけ分かってりゃ大丈夫だろ?」

 『遺跡』とは、過去の戦争の際に運良く残された物を時間という理念から開放し、彼ら自身が保管し

た建造物群のことを指す。東西南北はその頃からほとんど変わっていない――むしろ特殊な意味さえ持

ち始めてさえいる。

「西って、思いっきり正反対じゃねぇか・・・」

「別に今すぐでなくてもいいだろ。まぁ、気がかりだってんなら、止めはしないけど」

 ともかく、西となると引き返して『議場』を囲む回廊を迂回する。物理量という逃げ道を失ってしまっ

ているので、精神的な疲労やダメージが直に響いてくる。――実もふたも無い言い方をすれば、かったる

さが時間以上の厄介物なのだった。

   

 白と黒。光と闇が交互に繰り返される廊下をひたすら歩き続ける。いや、歩くと言う行為自体はこの

廊下の中での移動の象徴なだけなので、実際に疲労が溜まる訳ではない。

 交互に繰り返される光の帯を抜けると、目の前に門が目に飛び込んでくる。

「十三使徒クロノス。『浮上』する」

 無機質な門の前でそう叫ぶと、彼の身体は白い光の世界に溶け込むように消えて行く。

 しばらくして、彼が目を覚ます――正しい表現とは言えないが――と、周囲は荒野だった。目と鼻の先に

は目的の「遺跡」が広がっていた。