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(ゲーテ『ファウスト』より)
人は――。何時だって人は、時間と言う名の鎖に繋がれて、そして、その決して断ち切ることのできない鎖に抗うことで「生」と「死」を理解しようとした。
――だが、この鎖から解き放たれて生きることが果たして幸福なのだろうか?――
「で、それが仕事クビになった言い訳か?」
「だからあれは俺のせいじゃねぇ!」
そうまくし立てると、彼は椅子にふんぞり返ってコーヒーを啜った。
銀色の髪が店内の証明で真鍮のような色で光っている。
――何の変哲も無い、昼下がりから少し下がり過ぎたくらいの時間の喫茶店。今頃だと食事よりも、コーヒー片手の雑談やちょっとした商談なんかが多い。
「しかし、丸半日の遅刻はやっぱマズいやろ?」
「時間の間違いは俺のせいじゃねぇんだって。あっちの連絡ミスなんだから」
「とか言って、バイトをクビになってんやったら意味ないやん」
「わかってるよ」
目の前に座る、鉄錆色をした髪の青年に突っ込まれ、彼はため息交じりにそう応えた。
「なぁ、朱宮」
「あ?」
名前を呼ばれて、鉄錆色の髪の青年は何とも素っ気無い返事を返す。
「なんかいい仕事ねーのか?」
「まぁ、あるにはあるけど・・・。お前には向かんのばっかだしなぁ」
「なーにやってんの、あんた達」
二人してぼんやりとしていると、ウェイトレス姿の少女がテーブルの前に現れた。
胸には『門川』と書かれたプレートが付いている。
「・・・それが客に対する態度か?千都瀬」
「いーの。攻騎にはこれくらいで、ね、朱宮ぁ」
千都瀬と呼ばれた彼女は、そう言って明るい微笑みを見せた。
「そうそう・・・。あ、千都瀬、俺コーヒーおかわり」
「はーい、ただ今お持ちします。じゃね!」
そこだけは律義にマニュアルに従って(あまり従っているとは思えないが)お辞儀をすると、カウンターに歩いていった。
「なんか・・・、俺とお前で扱いに偏りがねーか?アイツ」
「そぉ?」
なんだか納得仕切れていない面持ちで、攻騎は頬杖をついた。
――そんな、昼下がりと夕暮れ時の間の半端な時間の喫茶店の、何の変哲も無い会話は、もう暫くは続きそうだった。
東京都下の某所――まぁ、具体的な住所もあるにはあるのだが――の一角。マンションとも一戸建てともつかないような3階建ての亜麻色の建物がそこに立っている。
それが朱宮の・・・もとい、朱宮達の住み処である。何故『達』なのかと言うと・・・。
「どーでもいいけど、もすこし立地条件はマシにならんのかね、この建物は」
「気にしなきゃそれまでだって。大体夜中にコンビニいくのお前だけやし」
「ほぉう、その真夜中のコンビニまでタバコ買いに行かすのは誰だっけなぁ?」
「誰やろね?そんな横暴な輩って」
「きっぱりとお前だろがぁっ!!」
「ま、『下』でバイトの一つでも見といてやるから。頑張っ定職探せよ〜」
この『下』というのは地下室の事である。パソコンの置き場が悪いのか、最近ではブラウザの履歴に残るデータまでアンダーグラウンドなものがほとんどになりつつある。
尤も、実際の主の扱い方からして怪しげなのは否めないのだが。
「うるせ、大体日がな一日ネットばっかやりやがって」
「暇な大学生の特権だよ」
そんな不毛なやり取りを流しつつ、朱宮は地下室へと降りて行く。
「おーい劉聖」
「ヤです」
いくつものディスプレイを前にキーボードを打つその男は、こちらを振り返ること無く即答した。
「・・・・・・」
「どしました?」
「いや、用件言う前にあっさりと即答されてもどーかなー、とか思ったりして」
「どうせネットが目的なのは分かってますから。それに手が離せないんです。後にしてください」
「どれくらい?」
「あと6時間くらい」
「・・・・・・晩飯はどーする気だ?」
実際この建物に住んでる人間の食事管理は彼、劉聖の仕事である。そう言われて、やれやれと腰を上げた。
立ち上がると、2メートルはある長身の上に聡明な印象の顔が乗っている。それが神薙劉聖である。
「優明さん・・・」
朱宮を見下す(朱宮が165ちょっとなので当然の話だが)と、一言言った。
「上の方は任せましたから」
「・・・・・・は?」
どうやら、夕食は劉聖の他に料理の出来る千都瀬の帰りを待つ羽目になりそうだった・・・。