1
「ほんっと!サイテー!!」
信号が青に変わって、あたしはつかつかと歩きはじめた。
「そんなこというなよぉぉ。なぁ、もっぺん考えてくれよぉぉ」
「うるさい!!」
ばんっ!
軟弱なコト言ってくるこのバカ男を、あたしはスクランブルのど真ん中で思いっきりバッグでぶん殴ってやった。
「あははははっ。それで別れちゃったの?」
あたしの前で彼女は気楽そうに笑った。
「もうっ、笑い事じゃないわよ」
「ゴメン、ゴメン。・・・・・・でもアンタらしいわ。ホント」
笑いをかみ殺しながら謝る。ったく、こっちの気も知らないで。
あたしは本気で怒ってるんだから!!
「大体、女なんて貢いでりゃ言う事聞くとでも思ってなんじゃないの?ホント。あんなバカ、いなくなって
トーゼンよっ!」
「でも、ちょっともったいないとか思ってんじゃない?」
彼女はからかうような目であたしを見る。
「なんでよー?」
「だって、欲しいものタダでもらえるじゃない」
「もう・・・。そういう問題じゃないでしょ・・・・・・って、アンタ貢がれたいの?!」
そういえば、たまに「買ってもらっちゃったぁ」とか言ってやけに高そうなブランド持ってることあるけど
・・・・・・まさか・・・・・・。
「だって欲しいものいっぱいあるし。バッグとかスーツとか」
・・・・・・どうやら本気で言ってるらしい。
「はは・・・・・・お気楽でいいわね」
あたしは思わず呆れてしまった。
そう言うあたしも、あんな男でも別れてちょっとツライんだから・・・・・・。
2
今日は朝からずっと雨が降っている。あの灰色の重たい雲と、袖口を濡らす雨粒がひどく鬱陶しく
て、たまらない。いきおい、気分まで憂鬱になってしまう。
「あー!もうやだ!!」
湿気で蒸し暑いのに、濡れたスニーカーのせいで足元から冷えてくる。あたしはイライラした気分を
なかなか変わってくれないスクランブルの信号機にぶつけた。
「――――――雨の日は嫌いなんですか?」
不意に、そんな声が聞こえる。
振り返ってあたりを見回しても、声の主と思しき人は見当たらない。いや、振り返ってしまったから
気付かなかったのかもしれない。
はっとスクランブルを見ると、その真ん中に――――――車の行き交う交差点の真ん中に――――――
"彼"は立っていた。びしょ濡れのフードコートを着て、でも、なぜか嬉しそうな笑みを浮かべて。
「ちょっ、ちょっと!危な・・・・・・!!」
叫ぼうとした瞬間、大型のトラックがあたしと"彼"の間を横切って行く。
次の瞬間には、歩行者信号が青になって、彼の姿はスクランブルの雑踏に消えていた。
彼が姿を消す直前、あたしは"彼"の声を聞いた気がした。
「ひょっとして憶えてないんですか、僕の事を」と――――――。
あの日以来、あたしは雨の日にスクランブルで"彼"を探すようになった。いや、待つようになった、と
言った方がいいかもしれない。
「思い出してくれました?」
"彼"はいつもそうたずねる。いつも嬉しそうに笑っていながら。そして会うたびに、体が弱っている
ように見えた。無理しているのに、それでも嬉しそうな笑みを浮かべる姿が、とても痛々しかった。
「・・・・・・うん。・・・・・・ごめん。」
「そうですか・・・・・・」
"彼"は少しうな垂れる。いつも、そんな事の繰り返しだった。
「ねぇ・・・・・・。あなたから教えてくれないの?」
「それは・・・・・・僕もそうしたいんです。でも・・・・・・」
いつもそう彼は答えて、口篭もる。でも、今日だけは違った。
「・・・・・・時間が・・・・・・」
ぽそっ、と"彼"は呟いた。
「え?」
「時間が・・・・・・ないんです、僕には、もう・・・・・・」
そう言って、"彼"はまたいつものようにスクランブルに消えていった。
4
今日もまた雨だ。あたしが嫌いな雨。昔から。
――――――昔から?
昔からあたしは雨が嫌いだったっけ?急に、そんな疑問が頭の中を過ぎていった。
子どもの頃は、あの雨が降る直前のあの濡れた空気のにおいが好きだった。夕立が過ぎた後の、大きな
虹がとてもきれいだった。いや、そうじゃない。もっと好きな事が・・・・・・。
「あ!!!!」
思い出した!!
あたしはたまらずに仕事を放っぽってスクランブルに急いだ。
「なになに?どしたの?!」
勢いよく飛び出して行こうとするあたしを、彼女が呼び止めようとするけど、今はそんな事にかまって
なんていられない。
雨の中をひたすらスクランブルに向かって走る。今日も"彼"がいるように、祈りながら。
いた!!
"彼"は、苦しそうに、いつものスクランブルの信号にもたれていた。
「や・・・・・・やぁ」
苦しそうな青白い頬。それでも懸命に笑って見せる。そんな"彼"をあたしは抱きしめた。
「ごめんね・・・・・・。でも、もう大丈夫だよ」
いつの間にか、あたしは泣いていた。
「思い出して・・・・・・くれたん・・・・・・ですか?」
「うん!」
あたしは涙を拭って彼に笑いかける。
「雨の日にしか会えなかった・・・・・・。太陽の光が見えない雨の日にしか会えなくて・・・・・・。」
頭ではわかってるのに、言葉にならない。あたしは、ぎゅっと彼を抱きしめた。言葉の代わりに。
「――――――ありがとう」
彼はそう言って、あたしを弱々しく抱き返した。とても安らかな笑顔を見せて――――――。
雨の日は、嫌いだった。でも、今は違う。
今は彼がいてくれる。そして、彼との雨の日の思い出がある。そう、たくさんの思い出が――――――。
「今日は雨だね。どこ行こっか?」
そう言って、あたしは"彼"に笑ってみせた。
FIN...